真っ暗だった。
一体何が起きたのか、さっぱりだった。
とりあえず、カメラだけは握っていた。
しかし、足元は妙に冷たく、腰が重かった。
そのうち、不可思議な匂いが漂ってきた。
上を見ると、星が見えた。
そう、重力に心身を引かれた私は、どぶの中にいた。
幸い、水はほとんどなかった。
しかし、ヘドロはたっぷりあった。
立ち上がってみた。
一気にブルーになった。
鞄があいていた。
中身は何もなかった。
MDも手帳も、全てがなかった。
暗闇の中、目を凝らすと、そこにはヘドロに沈まんとするMD達がいた。
気分はめぐみの大吾だった。
恐ろしいまでの集中力が体中にみなぎった。
ただひたすらにつかんでは、上へと放り投げた。
一瞬のうちに、全てのものたちが救出された。
そのとき、初めて気がついた。
深い。
救出のため、立ち上がった視線よりも、かつていた場所は上にあった。
といっても、自分の身長ぐらいだった。
登ろうとしたとき、左腕に激痛が走った。
左側には排水管が飛び出ていた。
こいつのせいだ。
しかし、こいつのおかげで、はい上がることができた。
というわけで排水管については、貸し借りなしだ。
登ってみて初めてどうして落ちたのかがわかった。
どぶは1mくらいの間隔で穴があいていた。
先ほど歩道と車道の境だと思って乗り越えたガードレールは、車道とどぶとの境だった。
初写真と暗闇のため、そんなこととは露知らず、歩道と思って歩いた途端、落下したのだった。
道端には、救出されたもの達がドブ臭いまま、たたずんでいた。
MD達はこの旅の最中1回も聴かれることもないまま、ヘドロまみれになっていた。
真っ赤なスニーカーが黒ずんだ緑色に変わっていた。
スニーカーだけではない。下半身ほとんどが同じ色と同じ匂いに包まれていた。
笑い。
人間思いもよらなかった自体に遭遇すると、おかしくなるらしい。
ただただ、乾いた笑い声だけが暗闇に響いた。
しかし、このままたたずんでいるわけにはいかない。
助け出したもの達を鞄に詰めて港の方へと歩きだした。
セブンイレブンが見えた。
その明るさで改めて自分の汚さに気がついた。
これでは、さすがに船に戻れない。
服の方は着替えがあるものの靴は替えがない。
この靴で学会を乗り切るのは忍び難い。
泥まみれの怪しい青年がセブンイレブンの店長に尋ねた。
「靴屋はありませんか?」
店長は駅の方にならあるかも知れないと教えてくれた。
しかし、土曜とはいえ夜8時をまわろうとしている。
果してあいている店があるのだろうか?
不安になりつつも、駅へと向かった。
20分も歩いただろうか。
あたりはにわかに商店街の様相を呈してきた。
飲食店が建ち並んでいる。
もちろん巨大なドブもない。
こんなことなら、初めから駅前を目指しておけば良かった。
しかし、今は後悔している場合ではない。
靴を手に入れなければ。
けれど、飲み屋は営業しているものの他の店はシャッターを下ろしている。
焦る。
シャッターが半分開いているスポーツ店がある。
ここしかない。
意を決して店へと入った。
おばちゃんが一人出てきた。
事情を説明すると、ジョギングシューズを1足持ってきた。
1900円だった。
痛い出費だが背に腹はかえられない。
ともかく、足のぐちょぐちょした嫌な感覚からは解放された。
匂いは相変わらず臭いが、もういい加減なれてきた。
あとはフェリーに帰るだけだった。
フェリーまでの道のりは思ったより短かった。
フェリーに乗り込む前にターミナルのトイレで、ジーパンのヘドロをおとそうと努力した。
しかし、染み込んだヘドロはしつこ過ぎた。
しょうがなくフェリーに乗り込んだ。
そっこーでジャージに着替えると、そのまま風呂場へと直行した。
もちろん、ジーパンも一緒である。
2時間ジーパンと風呂場で格闘した。
それでも、匂いは落ちなかった。
石鹸の香りとのハーモニーがさらに複雑な匂いを醸し出していた。
フェリーで同室だった皆様ごめんなさい。
ショックのあまり、爆睡。